2005年01月09日

やさしい憲法入門 戸波 江二 法学書院

やさしい憲法入門
戸波 江二
出版社: 法学書院
 戸波先生の憲法は、芦部先生の憲法に代わるものとして期待がもたれていますが、如何せん改訂が遅すぎて在庫切れになってしまいました。
 憲法の勉強に取り組むには良い本だと思います。代わりにどうでしょうか?
 薄い簡単な本を一冊読んでから勉強するととても効率が良く勉強できます。

司法試験関連の本・書籍の書評カテゴリの記事
http://miyuki.seesaa.net/category/154420.html
posted by :miyuki ◆2gCyH5Y5cY at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 司法試験関連の本・書籍の書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
miyukiさん初めまして。ええと、見たことないようなサイトなのでちょっとビックリ。私も司法試験の受験者の端くれとして、日々精進しています。
どうしても気になるのですが、miyukiさんはどうしておっぱいの写真を載せているのですか?その割にはそこに突っ込まれると嫌そうですが・・・。私も女なので、ちょっと聞いてみたくて・・・。
Posted by Kー子 at 2005年01月10日 04:53
前掲示板でいってた記憶によると。
服を撮りたかったけど、いつのまにか煽られて方向が変わってきたそうな。

http://miyuki.seesaa.net/article/999311.html
それとここにも回答があるぞ。
ここみればわかることは質問しないでねってきじだろうね。
Posted by 氏名黙秘 at 2005年01月10日 15:19
 通りすがりの行政書士&宅建主任者“Wise Knight”です (むかし1回、通りかかったかも?) 。

 「戸波先生の憲法」とは、“ぎょうせい”出版社の「地方公務員シリーズ」の中の『憲法』のことですよね?

 この本は、最初〔第1版〕は、銘打たれていた通り、内容も「地方公務員向け」だったのですが、予想外に司法試験受験生に売れてしまい、他方、地方公務員試験の受験生にはほとんど売れなかったので(この難度の試験だと、予備校のザコ本で済ましてしまう人がほとんどでしょう)、改訂後〔第2版〕では、内容が丸っきり司法試験向きに変わってしまいました(同著の「まえがき」参照)。

 で、なぜ、この本が(一時期とはいえ)たくさん売れたか?
 その当時は、芦部先生の書いた(?)憲法のテキストとしては、『国家と法 I 』(芦部『憲法〔第1版〕』(岩波)の前版にあたる)しか、めぼしいものはなかったのですが、いかんせん、この本は放送大学の講義用のテキストだったので、非常に頁数が少なく、内容も「司法試験には」足りなかったのです。この『国家と法 I 』を補完するものとして、「当時は」戸波先生の『憲法』(ぎょうせい)が売れたのです(現時点なら、補完するのは、野中・中村・高橋・高見先生の『憲法 I ,II 』(有斐閣)ですね)。
 ただ、売れたのには、他にいくつかわけがあります。ひとつは、戸波先生が、それまでは芦部先生がとくにかわいがっていた弟子であったこと。また、芦部先生の弟子が書いた基本書で、司法試験の勉強にちょうど良い分量・内容で、かつ1人の学者の書いた本が、当時は他にはあまりなかったこと等があげられます。
 でも、この本が当時に売れたのは、私は以下のような決定的な理由があったからだと思っています。
 1994〜5年ごろの噂だったと思いますが、「上記『国家と法 I 』を執筆なさったのは、じつは芦部先生ご自身ではなく、同先生の講義録(講義カード)を元に、戸波先生が書いたのだ」──という噂が立ちました。たしかに、『国家と法 I 』と戸波先生の『憲法〔第1版〕』とでは、内容および表現・文体が酷似していました。芦部先生は、人格者かつやさしいことで有名で、めったに怒らない方だったらしいのですが、ひとたび怒ると、将に「龍の逆鱗に触れるが如し」だったということです。而して、戸波先生は、芦部先生の逆鱗に触れ、司法試験委員になるのが何年も遅れたと言われております(まぁ、「将来、東大・憲法学を背負って立つ」と言われていながら神戸に飛ばされた(オリックス?)の“ノリー”に対するものよりは、マシな仕打ちだったとは思いますが...)。
 話が脱線しましたが、「『国家と法 I 』を執筆したのが戸波先生なら、戸波先生の『憲法』は芦部説を(ほぼ)満遍なくフォローしているはずだ」という、あまり根拠のない思い込みが、市場を支配してしまったから売れた」──と私は思っています(辰已が意図的に蔓延させたのでしょうが)。
────────
 「『国家と法 I 』の改訂版=芦部『憲法〔第1版〕』(岩波)も、『第1版は』戸波先生が芦部先生にわびを入れるために(司法試験委員に推挙してもらうための条件として)、ご奉仕料金で書いた」という噂もありますが、これについての真偽は、私にはわかりません。
 ただ、(一部、繰り返しになりますが)(1)芦部先生の弟子が書いた基本書で、(2)司法試験の勉強にちょうど良い分量・内容で、かつ(3)1人の学者の書いた本は、2005年の段階でも、あまりありません。
 また、戸波先生の憲法の魅力は、「司法」試験向きだということにもあります。つまり、「憲法も『法』である。ならば、法律家は、まず条文解釈をすべし」という明確な主張があるからです。いかんせん、芦部先生は、東大・政治学科の“宮沢俊義”先生(※1)のお弟子さんなので、同先生の影響を色濃く受け継いでしまっています。憲法政治学ではなく、法解釈学としての憲法を標榜し、かつ、宮沢=芦部説ベースで憲法を理解したい/答案を書きたい──というなら、上記(1)〜(3)の点も踏まえれば、戸波『憲法』(ぎょうせい「地方公務員シリーズ」)はオススメだと、私は思います。なお、法解釈学としての憲法を標榜しているだけなら、つまり、宮沢=芦部説ベースでなくてもよいなら、京都学派(※2)ですね。
 もうひとつの戸波先生の憲法の魅力は、多くの論点で「条文にこうこう書いてあるから〜」と書けるので、答案作成中、時間がなっくなってしまって理由を1個に絞らなきゃならないときに「救われる」ということです(形式的理由(条文上の根拠)>理論的理由>実質的理由の順で、理由は「強い」ざましょ? とくに、「条文上の根拠」があるのにこれを挙げないなんて、司法試験では...)。

※1 宮沢先生は、本来は(戦前は)Constitution ないし国法学 or 統治機構論が専門だったはずですが、戦後は国民に人権思想を啓蒙することに尽力されるようになってしまいました。ですから、芦部先生の憲法も、人権規定(権利章典)には厚いが、統治機構には薄いという特徴があります。さらに、その業績は、ほとんどが「アメリカ合衆国の憲法判例の翻訳」に拠っているので、同国の政治・社会的思想が社会権(国家による自由)をあまり重んじないのに呼応して=社会権関連の判例が少ないのに比例して、芦部先生の社会権関連の論文は数が少ないのです。同様に、芦部先生の統治機構の論文が少ないのは、アメリカ合衆国が連邦制国家であるために、(構造的に)統治機構関連の連邦最高裁判例があまり多く出てこないことに起因しています。

※2 少し前まで、“佐藤幸治”先生の『憲法』が基本書No.1の地位を占めていましたが、これは、どちらかと言えば芦部憲法が憲法政治学であるのに対して、佐藤(幸)憲法が法解釈学憲法で、「法解釈を生業とする裁判官・検察官・弁護士には」むしろふさわしいと(一時期は)考えられるようになったからです。あとの理由は、社会権については、社会権規定関連の論文が少なく、答案でどう書いていいかわからない。統治機構については、もっと少なく、もっとわからない。同先生の憲法訴訟論が、「統一理論としては」過去の遺物となってしまって実用的・実践的ではなくなってしまった(e.g.団藤・刑訴法理論。団藤理論は刑事実務で生きているが、北斗琉拳は「受け」が完成してしまって実戦的ではなくなった)。さらには、佐藤(幸)憲法訴訟論が、完全に芦部・憲法訴訟論を打破・駆逐してしまった──という理由もあります(しかるに、「憲法訴訟論だけは」、どうがんばっても芦部説では生きてゆけない)。

【以上の「理由部分」とぜんぜんリンクしていない結論】
 私が大学の後輩に戸波『憲法』を薦めても、誰も一瞥さえしてくれません。佐藤(幸)『憲法』を薦めても、やはりぜんぜん相手にしてもらえません。でも、たとえば、その後輩たちがもてはやす『司法試験完全整理択一六法・憲法』は、思いっきり佐藤(幸)憲法ベースなんですよね...(伊藤塾の伊藤真塾長が、同著〔第1〜2版〕をベースに、LECを辞める前に書いた本が元になっている)。そもそも、私の後輩のみなさん──何を根拠に本の良し悪しを語っているのか、よくわかりません。「芦部だからいい」と言ってるくせに「芦部説を選んでない」場合が多くて...。判例・学説を整理した本がほしいなら、他にもっといい本があるし...。
 いきなり結論ですが、ほとんどの受験生が「どの本にどの学説が書いてあるのか」──「自分が誰の説で書いているのか」さえ、よくわかってないので、学説選択や基本書選択なんて、どうでもいいのかもよー♪

P.S. 「戸波『憲法』(ぎょうせい)の“第3版”が今年1月に出る」っていう予定だったのですが、また伸びたのでしょうかね?
Posted by Wise Knight at 2005年01月12日 20:58
 私(Wise Knight)は、上の書き込みで、誤解を招くようなことを書いてしまったかもしれません。ちゃんと書かなかった私がいけないのですが、【結論】部分で言いたかったのは、「自分で吟味し、納得して買った本ならば、それを信じて勉強すれば、他者と差がつくことはまずない」ということです。“miyuki”さんがいろいろテキストを紹介してくださってるのに、「テキスト選びなんてどうでもいい」なんて言うつもりは、毛頭ありませんです。

 なお、私は、戸波『憲法』をメインに、佐藤(幸)『憲法』をサブテキストとして使っております。ただ、私は司法試験をあきらめて、司法書士試験に鞍替えした男なので、「戸波だ、佐藤だ」などといろいろ評価できる学力はありません(司法書士試験の憲法の問題自体も、司法試験のように学説対立まで知っていなくても解けるものばかりなので、深い勉強はいらないんです)。ただ、新しく出された憲法のテキストはあまたありますが、佐藤(幸)『憲法』ほど読み応えのある本は(基本書に限る)、私が読んだ限りでは、あまり見当たりません(一部しか読んでいませんが、最近復刻された“小嶋和司”先生の『憲法概説』は、なかなかに感動的でした)。他の法律に比べると、憲法の最大の特徴は、「その論者の人間性・スピリットがダイレクトに現れるところにある」と言えるのではないでしょうか? ときに形式的・無味乾燥的に見える法解釈の背後に(ひっそりと)熱き想いを込める──という言い方をすると、刑訴法の“田宮裕”先生みたいですかね...(いまは亡き田宮先生は、ご自分の理論を「かくれんぼ刑訴法」と言いました。佐藤幸治先生なら、「自由と混沌の両方とそのバランス・均衡を慈しみつつ」する「自由主義へのアフェクション」ですね)。

 なお、「ロマンチストとカッコいい男は司法試験に受からない」とは、昔から言われておりますので、みなさまは、LECの柴田講師のマネはしても、思い入れで学説選択&答案を書くことなどはなきように...。
Posted by Wise Knight at 2005年01月12日 23:18
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